父の日と聖ヨセフ

2020.06.21(11:25) カテゴリ:Essay

6/21は父の日。同居する義父と山梨の実家の父にプレゼントを贈りました。双方の父もかなりの高齢になり、歳月の過ぎゆく早さに驚いてしまいます。

本日の読書で『聖母の騎士』を読みました。この小冊子の中に「兄弟大愚」という修道士の川渕さんがお書きになっている連載があります。父の日に偶然読んだ川淵さんの今回の連載は「父の遺言」で、ご自身の父親のエピソードとともにイエス・キリストの養父である聖ヨセフについてお書きになられていました。

聖書の中には聖ヨセフについてほとんど描かれていません。口数の少ない、謙虚な人柄であったと思われる聖ヨセフ。記述が少ないだけにいろいろと想像を巡らせます。

未熟な私も一応は父親。昨日の夕食時に娘があまりに身勝手な主張ばかりをするので、普段あまり厳しいことを言わない私もつい厳しい口調で娘を諭しましたが、その瞬間脳裏にあったのは聖ヨセフの姿です。

妻マリアへの疑いの念もあったにも関わらず、イエスを育てることを神様からの使命と捉えて自分の人生をイエスの養育に捧げた聖ヨセフは、どのように我が子に向き合ったであろうか。優しいばかりではなく厳しさも持ち合わせていただろうと想像しますが、根底には我が子に対する「信頼」と「愛情」に溢れた父親だったと思います。腹の立つこともあったかも知れませんが、決して感情的に流されることなく、ただ一心に「愛情」を注ぎ、「愛情」に基づいた行いをしたと想像します。

聖ヨセフには到底及びもつかない未熟な私ですが、理想の父親像として聖ヨセフの姿が示されると、子育てにおいても単なる感情に流されないように気をつけて娘に向き合うことができます。

厳しく諭された娘は、言われた直後は言葉少なげでしたが、しばらくして布団に入ってから「さっきはごめんね」と小さな声で謝ってくれて、私の想いを理解してくれたことがとても嬉しかったです。

トンチンカンで変わったお父ちゃんである私ですが、家庭を「実践の場」と捉えて、仲良く楽しく娘と共に学んでいけたら、と改めて思った父の日でした。