ほこり

2020.08.11(7:00) カテゴリ:Essay

妻と娘が外出している間、手が行き届かなかった部屋の掃除をしようと思い立ちました。

妻が部屋に掃除機をかけてくれることが多いのですが、このところ新刊の準備で慌ただしく、生活環境を整えることが、お互いなかなかできていませんでした。細かい所の掃除は年末の大掃除くらいしかできておらず、至るところに汚れが目立ってきていました。

娘が赤ちゃんの時に使っていたおしめを雑巾にして(しっかり洗ってありますからね)、まずは窓の外側を拭き、次に窓の内側、その次は換気扇や冷蔵庫の天板、その次は戸や窓の桟やカーテンレールの上部などを、その次は壁にうっすら張り付いているほこりを綺麗に拭き取ります。リビングと台所が同じ部屋なので油が飛散しているらしく、ほこりがこびり付いている箇所もあって、そこは天然の石鹸を用いながら綺麗に拭き上げていきます。

普段生活をしていると、なかなか気づかないものですが、椅子に立って上からあらゆる所を眺めると、かなりのほこりが溜まっていてビックリしました。

溜まったほこりを拭き取りながら、20代半ばに読んだ、カトリックの作家・遠藤周作さんの本を思い出しました。

それは「悪魔」について書かれた箇所でしたが、神様は「在る存在」、に対して、その反対者である悪魔は「無き(に等しい)存在」と書かれていたと記憶しています。「無き(に等しい)存在」である悪魔は、ほこりのようなもので、それ自体は目に見えない微弱な存在だけれども、積もり積もってくると、あらゆるを蝕む大きな悪の力になってしまう、というような感じのことが書いてあったと思います。(だいぶ昔の記憶なので間違っていたらごめんなさい)

部屋にしても心の内にしても、綺麗に保つ努力をしないと、だんだんとほこりが溜まっていくものだし、意識を向けないと、ほこりが溜まってきていることにも気付けません。

40年も生きていると、心の中にうず高いほこりの山が溜まってしまっている私ですが、部屋の掃除をしていて、部屋にしても心の内にしても、意識して、ほこりが溜まっていることに目を向け、綺麗にしようと努めることはやっぱり必要なのだ、と感じた一日でした。