子どもが求めているもの

2020.11.28(10:00) カテゴリ:Essay

だいぶ大きくなった娘が、今でも「まるや(←私の呼び名)、遊んで。」と言ってきます。

だんだんと思春期を迎えるお年頃にもなると、女の子は父親にかまってくれなくなるものと思っていただけに嬉しい限りです。

出来るだけ娘の要求に応えるようにしていて、最近はプレゼントとしていただいたマインクラフトのボードゲームなどで一緒に遊んでいます。

娘が巣立つまではまだ時間がかかると思いますが、これまで子育てをしてきて思うことがあります。

それは、「子どもたちが求めているもの」についてです。

一般的に子どもがわがままに育っては困るので「我慢」することをしつけます。確かにわがまま放題の大人になったら困りますし、「我慢」を覚えることは非常に大事と思います。

でも、子ども時代に「子どもの要求」を受け入れてあげないでいたら、一体いつ「子どもの要求」を受け入れてあげる時が来るのだろうか、と考えてしまいます。

小さい子どもの要求は至ってシンプルで、「一緒に遊んで欲しい」とか「話を聞いて欲しい」とか、つまりは「私に向き合って欲しい」というものだと、今まで娘と一緒に生活をしていて感じています。

大きくなって無茶な要求(=わがまま)をするようになる子どもは、きっと小さかった時に向き合ってもらえなかった「寂しさ」の代わりを「わがまま」として要求しているのではないか、と思うようになりました。

子どもの健やかな育ちのために必要なものは、特別なコトやモノではなく、自分自身の時間を子どもに与えること、ではないかと思っています。

あれやこれややらなければならないことが山積している毎日ですが、娘の要求に応えて一緒に遊ぶのはなにより楽しいですし、前のめりになった気持ちを正しい位置に据え直してくれているようにも感じます。

それに子どもはいずれは私たちの手元から羽ばたくのですから、それまでの間、今この瞬間を共に大切に過ごしていきたいと思っています。