矛盾を埋める努力

2021.11.15(2:00) カテゴリ:Essay

「生きていること自体、矛盾を孕む」と常々感じています。

自分自身の理想や考え方はあるし、それを表明することもありますが、実際に自分自身の生活においては、言っていることとやっていることの矛盾が生じてしまうことがあります。

他者に目を向けても、言っていることとやっていることの矛盾を感じてしまうと、いささか興醒めしてしまう私がいますが、自分自身を省みたら「人のことは言えない」と小さくなってしまうのが現実です。

でも、「結局、人間って矛盾をしてしまうから」と、尻込みして現実に妥協したり、いろいろな場で理念をもって活動されている方々を冷笑してしまうのもいけないと思うのです。

私自身の人生や生活の場において「矛盾を埋める努力」は必要で、「意志」をもった実際の行動が伴わなければなりません。

しかし、経済至上主義の日本に生きる私にとって「矛盾を埋める努力」はなかなか大変です。

この日本に「普通に生きる」こと自体が、世界中の搾取の構造の上に成立していて、この日本社会の「当たり前」が、この世界の、主に貧困地域の人たちの健康、ひいては人生を蝕んでいることにつながっています。

考えれば考えるだけ「生きていることに伴う矛盾」の振り幅が大きくなってしまい、頭を抱えてしまいますが、私自身の生活の場においては「消費の抑制」を心がけることがまずは大事と思っています。

「消費の抑制」は、私の「欲望」と向き合うことですし、それを手放す「覚悟」が求められますし、生活の不便さを「受容」することでもあります。

四十を過ぎて次第に思うようになったことは、「生きていく上で必要なモノはそんなに数要らない」ということで、段々と「アナログで行こう!」に回帰してきた私です。

「生きていることに伴う矛盾」はどうしても生じてしまいますが、その振り幅を出来るだけ小さくする努力を「意志」をもって行うことが大事、と思った今日この頃です。