メディアによる薬物報道と薬物依存症者の実態との違い

2019.04.09(16:11) カテゴリ:Publishing

ミツイパブリッシングに掲載したブログを転載します。

私は薬物問題の当事者でないし、家族でもありません。医療の専門家でもなければ、司法や福祉の関係者でもありません。

ですので、薬物問題について、多くを私が語ることは本来なら控えるべきと承知しております。一番必要とされるのは「当事者の声」だからです。

ですが、不思議なご縁で、山梨ダルクの取り組みを一冊の本にした著者として、「薬物問題と全く関係のなかった立場」から、感じていることや思っていることを綴っても良いのではないか、と思いました。

世間一般、薬物問題に対してのバッシングに加担する人たちは、きっと山梨ダルクの皆さんに出会う前の「私」だと思うのです。

「犯罪者」「関わりたくない人たち」と思っていた「私」が、薬物問題の当事者の声を聞くことで、彼ら対する見方が少しづつ変化しました。

『福音ソフトボール』を読んで、薬物問題当事者である彼らに対して、少し立ち止まって違う角度から彼らを見る視点を得てくださったら、望外の喜びです。

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〜「関わりたくない人たち」から「共感」へ〜

ピエール瀧のコカイン使用が大きく報じられた。有名人の違法薬物の使用で、毎回「吊し上げ」とも言えるような一面的な報道が繰り返される。

私は2013年に『福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記』を出版した。本業はイラストレーターで、プロのライターでもない私が、なぜこのような本を書きたいと思ったのか。その理由は、振り返ってみれば、「メディアによる薬物報道と実際の薬物依存症者の実態との違い」である。

私ももれなく「ダメ、ゼッタイ!」の薬物乱用防止教育を受けてきた。小さいころテレビでみた「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?」のCMに衝撃を受けた一人である。それらを真に受けてきて、薬物依存症者を「犯罪者」「アブナイ人たち」と思っていたし、関わりたくない人たちと思っていた。

私は思春期に心を壊し、いわゆる精神病院にお世話になった。その通院先で「山梨ダルク」のポスターを見たのが、ダルクとの出会いだった。

ダルク(DARC)は、薬物依存症からの回復施設だ。薬物依存の当事者たちが集まり、共に暮らしながら回復を行う場で、北海道から沖縄まで、全国各地にある。その名称はドラッグ(Drug=薬物)のD、アディクション(Addiction=病的依存)のA、リハビリテーションのR、センターのCを組み合わせた言葉である。

〜犯罪者と警察が交流試合?〜

病院でポスターを見てから数年後。通っていたカトリック甲府教会で、私は偶然、山梨ダルクのスタッフと出会う。それから数カ月後、地元の新聞で山梨ダルクと山梨県警ソフトボールクラブが交流試合を行っていることを知り、試合にも足を運びはじめた。

山梨ダルクのみなさんと言葉を交わす中で見えてきたのは、実際の彼らの姿と、メディアで報道されている姿がだいぶ違うこと。彼らは、たくさんの問題を抱えながらも回復に努めていて、むしろ礼儀正しく思いやりのある人びとだと感じた。そして話を聞くと、厳しい環境で子ども時代を過ごした人が多いのだ。

もちろん、ダルクにつながっても再使用する人もいるし、警察のご厄介になる人もいる。一方、ダルクにつながって回復する人は3割にのぼると言われている。多くが再犯の経歴をもち、家族はおろか社会から切り捨てられた人びとのうち、3割が回復していくというのである。

野球グラウンド

〜処罰より支援〜

『福音ソフトボール』は、山梨ダルクと山梨県警ソフトボールクラブとの交流試合を軸に、山梨ダルク代表の佐々木広さんや他のスタッフ、回復途上にある入所者さんの言葉や思いを綴らせていただいた。加えて、薬物依存症者を「アブナイ人たち」と思っていた私自身の変化もこの本には収めたつもりである。

欧米では薬物問題は「処罰の対象」というより、「回復支援の対象」という見方が広く浸透していると聞く。その前提にあるのは、彼らを「薬物に依存しなければ生きていけないほど傷ついてきた人たち」とする認識だ。つまり、彼らを「助けが必要な人たち」ととらえるのである。

とすると、依存症当事者の心の声に耳を傾けることが、まずは、必要なのではないだろうか。

〜依存症は生きづらさ問題〜

近年、ダルクに対して反対運動が起きている地域もあるが、山梨ダルクは地域住民に受け入れられている。地域活動の担い手として期待を背負う存在にまでなっていて、「山梨モデル」として全国から注目を集めているのだ。

「支援者の数に比例して、回復者も増える」

山梨ダルクのスタッフの言葉である。

地域で受け入れられ、他者から必要とされることで、人は自分の存在意義に気づく。そして他者との信頼関係を築き直すことができる。孤立はむしろ、依存症に拍車をかける要因だ。

薬物依存症も、「生きづらさ問題」から生まれる。心を壊し、その後遺症に苦しむ一人として、それに気づいたことがダルクの人びとへの共感となった。

佐々木広さんをはじめとする、依存症当事者の心の声と奮闘ぶりを、本書を通じて届けられたらと願っている。

『福音ソフトボール 山梨ダルクの回復記』

https://mitsui-publishing.com/product/fukuinsoftball