読書っていいな!(『草のうた』三浦綾子)

2018.02.11(11:35) カテゴリ:Essay

「せっかく旭川に住んでいるのだから、生涯執筆活動を旭川でなさった三浦綾子さんの本を読もう!」と手にした一冊が、この『草のうた』でした。

三浦綾子さん誕生から小学校時代までを描いた長編自伝小説であるこの本は、三浦文学の根底をなす「三浦綾子の基礎」が垣間みられる貴重な一冊と思います。

幼児期から少女時代の記憶の鮮明さに驚くとともに、幼児期を描いた部分はなんとなく不安気で、現実世界と異世界が交錯した輪郭の曖昧な暗さを帯びた印象を受けましたが、小学校時代を描いた部分になると、素朴で次第に血色の良い明るさをもって描かれている色合いの変化が面白いと感じました。

本作品で綾子さんも書いておられますが、幼児期は生命体としても弱く、経験値も少ないことから外界に対しての不安や怯えを感じても当然と思います。その不安げな色合いは、かつて幼児期に感じていた私の感覚と重なり合うところもあり、一気に作品の中に没入することができました。

やや暗さを帯びた幼児期の表現も、綾子さんを囲む家族の温かな光との明度対比によって、より明るく感じさせる点が気持ちをほっとさせてくれます。

旧約聖書の冒頭、創世記には『夕があり、朝があった。』とあります。この世の始まりは朝ではなく夕(闇)から始まったというならば、三浦文学も夕(闇)から始まりました。誕生から少女時代、それから青春期と病床を経て、その後燦然と輝く朝を迎える訳ですが、この『草のうた』は三浦綾子の「夕の時代」の一番最初にあたる一冊で、大勢の家族やご近所さん、同級生の優しさに囲まれた素朴で温かな三浦綾子の人生の、原初の記憶が辿れる読みやすい一冊と思います。