消えたマリア美術館

2019.06.21(4:10) カテゴリ:Essay

今から12年ほど前の一時期、刺繍で制作していた時がありました。

それまで手描きで絵を描いていたのですが、行き詰まり、前進できずにもがいていました。当時、甲府駅ビル・エクランで早朝の清掃アルバイトをしていたのですが、お昼に仕事が終わり、ふと甲府の山奥にある昇仙峡に行ってみたくなり、駅前から路線バスに乗りこみました。

絵が描けず、悶々と苦しい毎日だったので、昇仙峡に行ってマイナスイオンを浴びれば気分も変わるのではなかろうか、との想いからでした。

昇仙峡の手前で下車し、美しい緑の景色を眺めながら、2時間ほど歩いたと記憶しています。気分も和らぎ、「来てよかったな」と思いながら滝の脇を登り、その上にある駐車場のバスの停留所に着いた時、そこには一人の老齢の女性が座っていました。

他には誰もおらず、二人きりの停留所。挨拶から始まってポツリポツリと会話を始める私たち。やがてバスが来て、乗り込んだ私たちはすっかり仲良しになり意気投合。その女性は以前、修道院で生活していたことや、現在は私と同じ村内にお住まいということなど、いろいろなお話しをしました。

「今日これから家においでよ」と誘われた私は、一旦帰宅した後、その女性のお宅に向かいました。食事をご馳走になったのち、母屋の裏手にある建物に連れられ、行ってみると、扉に「マリア美術館」と書かれた私設の美術館がありました。中に入ると、そこにはその女性が制作した日本刺繍による聖母子像の作品が所狭しと展示されていました。

その女性の日本刺繍の作品を見たとき「あ、絵の具で描かなくても良いんだ!」と何かがパチンと弾け、刺繍による制作意欲がモリモリと湧いて来たのでした。「今すぐ作りたい!」と言う衝動を抑えきれない私は、その女性にお礼を言ってすぐさま帰宅し、材料を買いに手芸屋さんに向かいました。

そうして出来た作品を早速ファイルにして出版社に送ったところ、江國香織さんの著作『雨はコーラがのめない』(新潮文庫)の装画に採用いただくことになったのです。

その後、再び上京したこともあり、マリア美術館の女性宅にお伺いすることはありませんでした。

妻にこの話をした時、「そのマリア美術館、もしかしたら幻だったかもね」と冗談っぽく言われましたが、本当にあの出会いは全くもって不思議で、はっきりとした記憶でありますが、なんだかよくわからない出来事でもありました。

そして先月山梨に帰省した時、マリア美術館のあった場所の近くをたまたま通りかかったので、「よし、探してみよう」思い立ち、付近を捜索してみました。けれど、

「ない!どこにもマリア美術館がない!」

探せど探せど、どこにもマリア美術館がないのです!道は間違ってはいない。この一本道の左手の並びにあったマリア美術館なはずなのに、影も形もないのです。

確かに12年ほど前の出来事なので、あの女性は引越しをされ、建物は取り壊された可能性もあります。実際のところはわかりません。ただ唯一言えることは、あのマリア美術館がなかった、という事実だけです。

マリア美術館のあの元修道女との出会いの後、奇しくもカトリックの洗礼を受けた私。「まさか、神様のお導き?」本当に不思議。妻が言うように幻だったのかもしれませんね。