「もう一度、絵を描いてみたら」(前編)

2020.03.28(4:32) カテゴリ:Essay

私は今、ほどほど元気で絵を描いたり、本を作ったりしています。

でも、高校時代から調子が悪く、浪人中に入院。大学進学を断念せざるを得なく、精神的にも肉体的にもドツボにハマっていた時期があります。

4ヶ月の入院生活ののちに退院したものの、調子は非常に悪く、普通に生活をすることもままならない状態でした。精神的にも不安定で、あらゆる面において大いに自信を失ってしまった私は、好きだった絵を描くことも恐怖で、画集を開くこともできない状態になっていましたし、絵の道具は押し入れにしまい、「もう二度と絵を描くことはないだろう」と思っていました。

退院してから数ヶ月後、主治医の勧めで病院のデイケアに通い始めた私。少しづつ生活のリズムを取り戻しつつありましたが、相変わらず元気はなく、絵を描くこともありませんでした。

その年の夏、私の様子を心配してか、斎藤美術研究所の同期生で美大に進学したAくんから連絡がありました。「夏休みで帰省しているので、会わないか?」というお誘いでした。

その頃の私は、短期間に体重が20kg以上も増えてしまっていたし、お風呂に入るのが億劫で、清潔という感じには程遠い格好だったと思います。頭はぼんやりしているし、こんな状態なのでAくんに会うのも躊躇いましたが、せっかく心配して声をかけてくれたので、思い切って会うことに決め、甲府の街に出かけました。

この日のことは、正直よく覚えていません。とても暑い日で、甲府市内の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら、何かお話したと思います。

夕方になり、喫茶店を出たAくんと私。別れ際に、Aくんは私にこう言いました。

「もう一度、絵を描いてみたら」

Aくんと別れ、ひとり立ち尽くす私の脳裏に、この一言が響きました。

もう絵を描くつもりはなかった私ですが、Aくんと別れた場所の50m先に画材店があり、久しぶりに店内に入りました。B4サイズのイラストボードを一枚だけ買い、帰宅後、自分の部屋の机の上にそのイラストボードを放り、1ヶ月以上が経ちました。

秋になり、デイケアから帰宅した私は、机の上に放っておいたイラストボードを見て、ふと「何か描いてみようかな」という気持ちになりました。

まだ本調子ではなく、秋特有の寂しさに心は沈んでいたし、ソワソワしてしまいジッとしていられない状態でもありましたが、押し入れから絵の道具を出してきて、筆を握り、久しぶりにほんのちょっとだけ絵を描きました。(続く)