赤い鼻緒のおばあちゃん

2021.12.16(6:00) カテゴリ:Essay

今年もあと少し。この時期になると思い出す出来事があります。

今から20年ほど前、東京に出て貧乏暮らしをしながら絵を描いていた私。

絵を描いては、出版社やデザイン事務所を訪問して絵を見ていただいたのですが、仕事に繋がることはなく、酷評されることもあって、なかなか苦しい時期でした。

住んでいたアパートから自転車で10分ほどにある大きな精神病院で、給食の配膳や下膳、食器の洗浄や病棟の清掃などをするアルバイトで生活費を稼ぎながら、コツコツと絵を描く毎日。

職場の皆さんは個性的な方が多かったのですが、母親のように親身に親切にしてくださる方もいて、人の優しさに支えられ励まされる日々でもありました。

私が病棟に入るのはほんのわずかな時間で、給食の配膳車を運び入れる時だけでした。

鍵を開けて病棟に入ると、そこは大部屋で多くの患者さんたちがいるのですが、配膳車を運び入れるとわっと駆け寄ってきて、私のお手伝いをしてくださります。患者さんたちは人との関わりに飢えている様子でしたし、優しい気持ちの持ち主であることを感じる瞬間でした。

私のお手伝いをしてくださる患者さんの中に、赤い鼻緒の草履を履いた初老の女性がいました。いつもニコニコと話かけてくれるのですが、何を言っているのかが理解できず、うまくコミュニケーションが取れないのですが、優しい気持ちの持ち主であることは理解できました。

この赤い鼻緒のおばあちゃんは、私を見るといつもニコニコと近寄ってくるのですが、年末に差し掛かったある日、私が近くに行っても見向きもせず、じっと窓の外を見つめているのです。いつもと違う様子に、はじめは理解できませんでしたが、すぐにその理由がわかりました。

年末のこの時期、外泊許可が出て、赤い鼻緒のおばあちゃんのご家族が迎えに来てくれる約束だったのです。

じっと窓の外を眺めているおばあちゃん。

鍵のかかった病棟の中での入院生活で寂しさを感じているでしょうし、やっぱりお家でご家族と一緒に居たいはずです。

おばあちゃんのその姿にいじらしさを感じてしまった私。

「早くお迎えが来るといいね」

と、思わずにはいられなかった20年近く前の出来事です。